Uta

七夜連続上映2017 〈語りと歌の境界〉レポート

さまざまな音楽が、わたしたちの日常に溢れている。音楽がない世界を想像することはできない。では、〈音楽〉って一体何だろうか。
「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」7夜連続上映・第5夜、今夜のテーマは、「語りと歌の境界で(音楽行為と身体)」。映像人類学者の川瀬慈さんとラッパーの環ROYさんが、〈音楽〉以前のアフリカの豊かな音の世界を題材に、曖昧で、カテゴリー化できない音と身体の表現について、ユーモラスに冗談を交えながら語り合ってくださいました。家畜の声まで同化しているかのようなアフリカの豊かな音の世界から、ラップという枠組みを超えたROYさんのパフォーマンス映像まで、あっという間の110分を少しでもお伝えできたらと思います。

はじめのテーマは〈楽器と歌〉。上映された作品は、ECフィルムから南アフリカ・ズールー族の王女による3つの歌、コートジヴォワール・バウレ族の男性による楽弓の演奏、そして川瀬さんが撮影したエチオピアの少年による口笛の映像です。ズールーの王女は伝統の弾き語りを継承した最後の人物とのこと。弦のリズムにメロディアスな歌声が気持ちよくのっていて、そこに男性コーラスが独特な間合いで入ってくる。時折入り込んでいる家畜の声が、妙にマッチして聴こえてしまう。
川瀬さん「なんてブルージーだと思った…アメリカのロバートジョンソンみたいな…」
バウレの男性は、弓を棒のようなもので叩き、音を口の中で反響させ、歯も使って弦の音を出している。実はこの演奏は「語り」なのだそう。
ROYさん「段々眠くなってきた…風的なものを表現しているみたい」
エチオピアの少年による「口笛」は、私たちの想像する口笛とは全く異なり、とても切ない響きで、この夜1番心に残った映像でした。何かはわからないけど伝わる音ってありますよね。
ROYさん「キュンときた」
川瀬さん「…歌っているのか、泣いているのか、口笛なのか…。」
ゴンダールから降りてきた盲目の子供たちが、この「口笛」でお金を稼ぐそうです。

ふたつめのテーマは、〈声/語りの力〉。〈語り〉と〈音楽〉の境界はとても曖昧で、「アフリカ音楽」には〈語り〉が付きもの。上映された作品は、ECフィルムから中央スーダン・ジョンコール族のおばあさんが子供たちに語るおとぎ話、川瀬さん撮影のエチオピア北部・ラリベロッチの母娘と夫婦の映像です。ジョンコール族のおばあちゃんは若い女性や子供たちに囲まれて、煙草を加えながら話しをしている。言葉に突然メロディーが付いて、また言葉だけになって…。子供たちは、真剣に聞いているのかいないのかよくわからない様子。
ROYさん「~、なんつってね♪みたいな感じが楽しい」

川瀬さん「言葉の響きに引っ張られてる感じが面白い…ROYがラップをするときもそうじゃない?・・・」
ROYさん「…夢中で、動物的になれてる」
ラリベロッチは、玄関の前で家の人に向けて賛辞や祝福の歌を歌い、お金を貰おうとする。事前に家々をリサーチし、その内容を歌詞に組み入れるそう。「家の人がいない」と少しの金銭しか貰えなければ、「それしかくれないのか、そんなに大きな家に住んでいるのに」と歌ってみせる。
川瀬さん「声による空間の支配力がすごい!これが朝の4時半から…」
時には邪険にされ、嘘をつかれてお金を貰えないこともあるけれど、それもユーモラスに歌に組み込むという。会場にも笑いが起こっていました。
ROYさん「すごいルート営業」
川瀬さん「そのやりとり全体が歌なんじゃないか」

最後のテーマは、〈身体性〉。カラハリ砂漠で暮らすブッシュマンと、ROYさんのパフォーマンス映像を並列するという大胆な試みでした。上映された作品は、ECフィルムから南アフリカ・カラハリのブッシュマンのジェスチャー遊び、ROYさんがダンサーの島地保武さんとコラボしてパフォーマンスした公演映像、ROYさんが映像を背景にラップを使ってポピュラーミュージックをパフォーマンスした映像です。ブッシュマンたちは、円になって正座の様な座り方で、自らの胸や太もも、地面などを叩きリズムを刻み、笑顔で歌を歌っている。ルールは解明されておらず、動物のジェスチャーをしているそう。
公演映像では、ROYさんが島地さんとの身体の動きとラップを組み合わせたパフォーマンスを行っていて、音楽のフローと身体の動きの線が溶け合っている印象を受けました。

最後のROYさんのパフォーマンス映像では、終始客席が圧倒されていた様な気がします。「ラップ」とは何なのかわからなくても、親しみがなくとも、身体に入ってきました。
ROYさん「何でアメリカから来たラップを日本人がやるのかわからなかった…」
川瀬さん「ラップという枠組みを壊して未分化な世界へ…」

今夜の上映会はとてもくだけた雰囲気で、あっという間の楽しい時間だったのではないかと思います。アフリカの音と身体の世界とROYさんの音の表現の世界を同時に感じて考える、この上映会でしか出来ない体験でした。

佐々木 裕(首都大学東京)