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西野嘉章先生が語る、ECアーカイブの可能性 (3)

2016年7月23日、インターメディアテクにて開催された『キネマ博物誌――映像による万有知の構築』に関連して、東京大学総合研究博物館館長・西野嘉章先生にインタビューを行いました。
映像遺産としてのECフィルムの価値や、科学映像アーカイブがもつ新たな可能性など、刺激的なお話を全4回に分けてお届けします!

第3回  16ミリフィルムであるということ

ECフィルムE1953ヨーロッパ・チロル「クラウバウフ行進の巨大な仮面(行動研究)」(1960)

ECフィルムE1953ヨーロッパ・チロル「クラウバウフ行進の巨大な仮面(行動研究)」(1960)

16ミリフィルムがもつ「ノイズ」の意味合い

ECのもう一つの魅力は、フィルム媒体特有の「ノイズ」をはらんでいることではないでしょうか。今のデジタル世界から完全に駆逐されてしまった「ノイズ」をもっている、個人的にはそのことに惹かれます。

古いフィルムの画面の「雨」(*)をクリーニングし、コントラストを上げ、明瞭なデジタル映像として復元することは、もちろん技術的には可能です。
しかし、そのフィルムの「ノイズ」に内包される陰影、言葉を換えると、それを眺める人間にとっての意味合いを、綺麗さっぱり洗い流してしまうのはどうなのか。16ミリフィルムというある時代特有の技術的な限界、「フィルム映像とはかくあるものだ」ということもまた、データとして留めておくことも大切なのではないか、と。

もちろん、クリーニングを施し、クリアなデジタル画像として保存し、パブリックドメインに置き、誰もが見れるような映像百科事典として、万人の活用に供する意義は大きい。
その反面、「映像遺産」の継承という観点からすれば、単に綺麗にすれば良いというものでなく、「ノイズ」を含む「映像遺産」とすることに価値があると考えるべきでしょう。

16ミリフィルムを回すと、カラカラカラカラという音がしますよね。それは単なる郷愁かもしれないけれど、そういうものも含めて、ある時代の「文化」だといえる。画面に「雨」の降るフィルム映像を、カラカラカラカラというリールの音を聴きながら鑑賞するという体験自体に、心の琴線に触れる部分がある。
そういうコンテンツの総体を、映画のデジタル・リマスター版のような映像で見ることには、同時に失われるものがたくさんあることを、考えても良いのではないでしょうか。

(*)「雨」:古い映画フィルム についた傷のため、映写された画面に入ってしまう多数の筋をいう。

16ミリフィルムの編集機スタインベックで、ECフィルムを試写する。(写真提供:佐藤剛裕氏)

16ミリフィルムの編集機スタインベックで、ECフィルムを試写する。(写真提供:佐藤剛裕氏)

保存形式の歴史の延長線上にあるEC

より長期の時間軸において考えてみると、世界を全部、映像として資料体にまとめようと試み、稀有にして壮大なアーカイブであるECは、別な言い方をすれば、ハプスブルグ家の王侯貴族が世界中の金石を一堂に集め、見事な展示室を作った行為、出発点はそれと同じです。

ヨーロッパでは、古くは大聖堂の聖具室のような空間、近世以降は王侯貴族の「驚異の部屋」などが盛んに作られるようになり、ミュージアムの土台をかたちづくることになりました。しかし、そうした収集の営みは物象を対象とするものですから、遠からずスペースに限界を生じることになった。
世界のパノラマは拡大すれど、モノの収集には限界がある

そこで登場したのが、書籍のかたちをしたミュージアムすなわち「事典」です。

荒俣宏さん著『世界大博物図鑑』第4巻 鳥類(平凡社)より

荒俣宏さん著『世界大博物図鑑』第4巻 鳥類(平凡社)より

魚や鳥のコレクションについて、モノを収集するという行為のもつ魅力は放棄できない。そこで本のかたちでの収集を思いつく。本のなかならすべての種を網羅できるかもしれないというわけです。
本のかたちならいくら大きくしてもスペースの問題は生じない。こうして、コレクションを入れる器としてのミュージアムは、次々と縮体されることになったわけです。

19世紀前半に発明された写真機は、そのための有力な道具となりました。モノとして集められないなら、写真で撮って保存しようというわけです。しかし、写真は、たしかに長時間露光というのがあるにしても、瞬間を切り取ることしかできません。シネマが登場して初めて持続的な時間を記録として残せるようになったわけです。

さらに、これがデジタル技術を用いるなら、時間持続や音声を含めて、記録のなかに抱き込めます。この発想を敷衍すると、数テラバイトのハードディスクのなかに森羅万象すなわち、全世界を縮体し、収納できるのではないかと考えることができるようになる。

モノを集めたがる人間の性と、その方法的な展開の「歴史」を楽しむ。
今後、ECを再評価するにあたって、どのような記録保存形式の「歴史」の流れに位置づけられるのか、それを意識することも大切だと思います。

ECフィルムの保管庫には未整理のフィルムも多い。これらの整理・研究も今後の課題だ。

ECフィルムの保管庫には未整理のフィルムも多い。これらの整理・研究も今後の課題だ。

〈第4回 映像遺産のリユースのススメ〉につづく